示談交渉を自らやったことで請求が権利濫用になることも。
裁判所は、意外と訴訟提起の経緯もみているようです。
そして、示談交渉が社会通念上不相当の場合、権利濫用になる可能性を認めているものと思われます。
当事者間での示談交渉は、権利濫用となり無効となれば慰謝料も返さなければいけない可能性も否定できません。
この類型は下記の最高裁があるので、弁護士に依頼するのがはっきり良いといわれています。ご注意ください。
一 本件訴訟は,被上告人がその夫八代譲次と肉体関係を持った上告人に対し損害賠償を求め,上告人がこれを権利の濫用に当たるなどと主張して争うものである。原審の確定した事実関係の大要は,次のとおりである。
1被上告人と譲次とは昭和59年1月16日に婚姻の届出をした夫婦であり,同年5月20日に長女が,同61年6月7日に長男が出生した。
2 上告人は,昭和45年11月21日に北川義則と婚姻の届出をし,同46年8月27日に長女をもうけたが,同61年4月25日に離婚の届出をした。上告人は,離婚の届出に先立つ同60年10月ころから居酒屋「喜多やん」の営業をして生計をたて,同62年5月ころには自宅の土地建物を取得し,義則から長女を引き取って養育を始めた。
3譲次は,昭和63年10月ころ初めて客として「喜多やん」に来,やがて毎週1度は来店するようになったが,平成元年10月ころから同2年3月ころまでは来店しなくなった。この間,譲次は,月に1週間程度しか自宅には戻らず,「喜多やん」の2階にあるスナックのホステスと半同棲の生活をしていた。
4被上告人は,譲次が「喜多やん」に来店しなくなったころから毎晩のように来店するようになり,上告人に対し,譲次が他の女性と同棲していることなど夫婦関係についての愚痴をこぼし,平成2年9月初めころには,「譲次との夫婦仲は冷めており,平成3年1月に被上告人の兄の結婚式が終わったら離婚する。」と話した。
5 譲次は,平成2年9月6日に上告人をモーテルに誘ったが,翌7日以降毎日のように「喜多やん」に来店し,「本気に考えているのはお前だけだ。付き合ってほしい。真剣に考えている。妻も別れることを望んでいる。」などと言って,上告人を口説くようになった。
6上告人は,当初譲次を単なる常連客としてしかみていなかったが,毎日のように口説かれた上,膵臓の病気になって精神的に落ち込んでいたこともあって,譲次に心が傾いていたところ,平成2年9月20日,病院で待ち伏せていた譲次から,「妻とは別れる。それはお前の責任ではない。俺たち夫婦の問題だから心配することはない。俺と一緒になってほしい。」と言われ,また,病気のことにつき「一緒に治して行こう。お前は一生懸命に病気を治せばよい。」などと言われたため,その言葉を信じ,同日譲次と肉体関係を持った。
7 上告人は,その後も譲次と肉体関係を持ったが,平成2年10月初めころ,譲次から,「妻が別れることを承知した。妻は○○に家を捜して住むので,自分たちは○△のアパートに住もう。」などと結婚の申込みをされたため,譲次と結婚する決心をし,長女の賛成を得て譲次の申込みを承諾した。譲次は,上告人に対し,被上告人が○○に引っ越す同年12月ころには入籍すると約束した。
8 譲次は,平成2年10月10日から11月24日までの間に,上告人の結婚相手としてその母,長女及び姉妹らと会ったりしたのに,被上告人との間での離婚に向けての話し合いなどは全くしなかった。一方,上告人は,譲次の希望を受けて,自宅の土地建物を売却することとし,長女のためのアパートを捜すなど譲次との結婚生活の準備をしていた。
9平成2年12月1日,被上告人に譲次と上告人との関係が発覚し,上告人と被上告人は,同日午前7時半ころから翌2日午後2時ころまで被上告人宅で話し合った。その際,上告人において譲次が被上告人と離婚して上告人と婚姻すると約束したため譲次と肉体関係を持つようになった経緯を説明したところ,被上告人が「慰謝料として500万円もらう。500万円さえもらったら,うちのジョウくんあげるわ。うちのジョウくんはママ引っ掛けるのなんかわけはないわ。」などと言ったため,上告人は,譲次に騙されていたと感じた。
10上告人,被上告人及び譲次の3人は,平成2年12月2日午後8時半ころから翌3日午前零時ころまで話し合った。被上告人は,譲次に対して子の養育料や慰謝料を要求し,上告人に対して慰謝料500万円を要求したが,譲次は,被上告人の好きなようにせよとの態度であり,上告人は,終始沈黙していた。
11譲次は,平成2年12月3日午後10時ころ「喜多やん」に来店し,他の客が帰って2人きりになると,上告人に対し,被上告人に500万円を支払うよう要求し,上告人がこれを拒否すると,胸ぐらをつかみ,両手で首を絞めつけ,腹を拳で殴ったりなどの暴行を加えたが,翌4日午前3時ころ上告人の体が冷たくなり,顔も真っ青になると,驚いて逃走した。
12被上告人は,平成2年12月6日午後10時ころ「喜多やん」に来店し,上告人に対し,他の客の面前で「お前,男欲しかったんか。500万言うてん,まだ,持ってけえへんのか。」と言って,怒鳴ったりした。また,被上告人は,同月9日午後4時ころ電話で500万円を要求した上,午後4時20分ころ来店し,満席の客の面前で怒鳴って嫌がらせを始め,譲次も,午後4時40分ころ来店し,嫌がらせを続けている被上告人の横に立ち,「俺は関係ない。」などと言いながらにやにや笑っていたが,上告人が警察を呼んだため,2人はようやく帰った。
13譲次は,平成3年3月24日午前5時30分ころ,自動車に乗っていた上告人に暴行を加えて加療約1週間を要する傷害を負わせ,脅迫し,車体を損壊したが,上告人の告訴により,その後罰金5万円の刑に処せられた。
14被上告人は,平成3年1月22日に本件訴訟を提起した。他方,上告人は,同年3月に譲次に対して損害賠償請求訴訟を提起したが,右損害賠償請求訴訟については,同6年2月14口に200万円と遅延損害金の支払を命ずる上告人一部勝訴の第一審判決がされ,控訴審の同年7月28日の和解期日において200万円を毎月2万円ずつ分割して支払うことなどを内容とする和解が成立した。
三 原審は,右事実関係の下において,以下のとおり判断し,本訴請求を棄却した第一審判決を変更して,被上告人の損害賠償請求のうち110万円とこれに対する遅延損害金請求を認容した。すなわち,(1)上告人は,譲次に妻がいることを知りながら,平成2年9月20日以降譲次と肉体関係を持ったものであるところ,肉体関係を持つについて譲次からの誘惑があったことは否定できないが,上告人か拒めない程の暴力,脅迫があったわけではなく,また,被上告人と譲次との婚姻関係が破綻していたことを認めるべき証拠もないから,上告人は,被上告人に対してその被った損害を賠償すべき義務がある,(2)本訴請求が権利の濫用に当たるというべき事実関係は認めるに足りず,上告人の権利濫用の主張は理由がない,(3)右一の事実関係を考慮すると,上告人において賠償すべき被上告人の精神的損害額は100万円が相当であり,弁護士費用は10万円が相当である。
三 しかしながら,原審の右判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記一の事実関係によると,上告人は,譲次から婚姻を申し込まれ,これを前提に平成2年9月20日から同年11月末ころまでの間肉体関係を持ったものであるところ,上告人がその当時譲次と将来婚姻することができるものと考えたのは,同元年10月ころから頻繁に上告人の経営する居酒屋に客として来るようになった被上告人が上告人に対し,譲次が他の女性と同棲していることなど夫婦関係についての愚痴をこぼし,同2年9月初めころ,譲次との夫婦仲は冷めており,同3年1月には離婚するつもりである旨話したことが原因を成している上,被上告人は,同2年12月1日に譲次と上告人との右の関係を知るや,上告人に対し,慰謝料として500万円を支払うよう要求し,その後は,単に口頭で支払要求をするにとどまらず,同月3日から4日にかけての譲次の暴力による上告人に対する500万円の要求行為を利用し,同月6日ころ及び9日ころには,上告人の経営する居酒屋において,単独で又は譲次と共に嫌がらせをして500万円を要求したが,上告人がその要求に応じなかったため,本件訴訟を提起したというのであり,これらの事情を総合して勘案するときは,仮に被上告人が上告人に対してなにがしかの損害賠償請求権を有するとしても,これを行使することは,信義誠実の原則に反し権利の濫用として許されないものというべきである。
そうすると,本訴請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり,その余の上告理由について判断するまでもなく,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,右に説示したところによれば,右部分についても,被上告人の本訴請求を棄却した第一審判決は相当であり,被上告人の控訴は棄却すべきものである。
よって,民訴法408条,396条,384条1項,96条,89条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 可部恒雄 千種秀夫 尾崎行信)