婚活アプリで「独身偽装」されたら慰謝料請求はできる?

婚活アプリで「独身偽装」されたら慰謝料請求はできる?

──大阪地裁判決をわかりやすく解説します──

マッチングアプリや婚活アプリがきっかけで結婚するカップルが珍しくない時代になりました。最近は職場での出会いを超えてマッチングアプリが婚活の有力ツールです。
その一方で、

  • 既婚なのに「独身」と偽って登録する

  • 「そのうち離婚するから」と言いながら、実はその気がない

  • 遊び目的、ヤリモク

といった「独身偽装」によるトラブルも増えています。

最近、大阪地方裁判所が、婚活アプリでの独身偽装を理由に貞操権侵害(性的自己決定権の侵害)を認め、慰謝料等55万円の支払いを命じた判決を出したことが分かりました。

性的自己決定権は、例えば、性的同意はあったが、避妊をしてくれなかった場合にも賠償を命じた例があり、比較的新しい分野ながら、研究者は少ない分野といえます。


本コラムでは、この判決のポイントと、独身偽装にあった場合にどこまで法的に守られるのかを解説します。


1 大阪地裁が認定した「独身偽装」の事案とは

新聞報道等によると、事案の流れは次のようなものです(細部は簡略化しています)。

  • 女性(30代):
    2019年、「独身限定」をうたう大手婚活マッチングアプリに登録。

  • 男性:
    そのアプリで女性に「いいね」を送り、マッチング。

  • その後

    • LINEや電話のやりとりを継続

    • 数か月後に初めて食事・女性宅で性行為

    • その後も継続的に会っていたが、2020年頃から自然消滅

  • 2022年
    男性の活動に関するサイトに幼いこどもの写真が掲載されているのを見つけ、不審に思った女性が問い合わせ。

  • 男性
    既婚であることを事実上認めるメッセージを送信。

女性は、

「独身限定アプリに登録していたこと自体、当初から未婚者だと偽る意思があった」
「既婚だと知っていれば、性的関係も交際も持たなかった」

として、貞操権侵害に基づく損害賠償(慰謝料等334万円)を求めて提訴しました。

これに対し男性は、

  • 既婚者であることは認めつつも
    「デートもしておらず、セックスだけの関係で、女性も承知していた」

  • 「貞操権の侵害ではなく、自由な色恋の範囲にとどまる」

と反論しました。

判決の結論

大阪地裁は、

  • 男性による独身偽装を違法と認定し、女性の貞操権侵害を認めたうえで
    男性に対し55万円の支払いを命じました。

一方で、

  • 女性側が、このトラブルを有名配信者のSNSを通じて公表していた点について、

  • 男性の名誉が傷つけられたとしての男性からの反訴も一部認め、
    女性にも34万円の賠償を命じました。

つまり、お互いに一部責任を負う形になり、双方とも控訴せず、判決は確定しています。

これだけ見ると喧嘩両成敗であり、納得がいなくても、インフルエンサーのユーチューブで名誉毀損をすることの危険も同時に浮かび上がります。


2 裁判所が重視した「貞操権」とは?

「貞操権」という言葉だけ聞くと、少し古風な印象を持たれるかもしれませんが、現在の裁判実務では、

「誰と性的関係を持つかを自分で決める権利」=性的自己決定権の一内容

として、人格権の一部に位置づけられています。

この事件で裁判所は、

交際相手を探す人にとって、相手の婚姻の有無(独身であることが間違いないか)
「性的関係を伴う交際をするかどうかを判断する重要な情報

だと明言しました。

つまり、

  • 「結婚を前提にしていたかどうか」以前に、

  • 「既婚なのか、独身なのか」という情報自体が、

  • 性的関係を持つかどうかを決めるうえで極めて重要

だから、それを偽って性的関係に至らせた行為が「貞操権の侵害」に当たる、というわけです。

確かに、マッチングアプリは結婚相手を探す趣旨もありますから、遊びだとわかったらそもそも会わないということも少なくないでしょう。


3 どこまでが「自由恋愛」で、どこからが違法な「独身偽装」か

恋愛には、不確定な要素がつきものです。

  • 相手の気持ちが冷める

  • 連絡が途絶える

  • 別れ話もなく自然消滅する

こういったことは残念ながら日常的に起こり得ることで、「傷ついた」からといってすべて慰謝料の対象になるわけではありません。

裁判例をみると、慰謝料が認められやすいケースには、いくつかの特徴があります。

慰謝料が認められやすい典型パターン

  • 独身であると嘘をついていた/既婚を隠した

  • 「いずれ結婚しよう」「離婚したらあなたと結婚する」など、
    結婚を期待させる言動を繰り返した

  • 一定期間交際が続き、複数回の性交渉があった

  • 相手の妊娠・出産に至ったのに、その後も嘘を続けた

  • 規約で既婚者の登録が禁止されていた場合です

こうした事情が積み重なるほど、貞操権侵害・人格権侵害として慰謝料が認められやすくなります。

今回の大阪地裁事件は、

  • 結婚を前提とした交際までは認めなかったものの、

  • 「独身限定アプリで既婚を隠し続けた」という点を重視し、

  • 「自由恋愛」ではなく違法な欺瞞行為だと評価した点に特徴があります。


4 慰謝料はいくらくらいになるのか(裁判例の傾向)

最近の同種の裁判例をみると、慰謝料の目安はおおむね次のようなレンジです
(いずれも貞操権侵害・人格権侵害として認容された例です)。

  • 独身だと偽って約4年半交際し、定期的な性交渉
    100万円

  • 婚活サイトで知り合った男性が既婚を隠し、約半年間に複数回の性交渉
    50万円

  • 婚活アプリで知り合った既婚男性が、女性を妊娠・出産に至らせた事案
    200万円

今回の大阪地裁の55万円という金額は、

  • 妊娠・出産までは至っていない

  • 交際期間も極端に長いわけではない

  • 結婚を前提とした婚約類似の関係までは否定されている

といった事情から、「独身偽装事件としては、比較的低め〜標準的な水準」と理解できます。

これらは、性行為自体は、明示的な同意に基づいており、動機に錯誤があるという観点があるのかもしれませんが、刑事示談実務側からみると、必ずしも安いと決めつけられる金額とまではいえないように思います。

一方で、裁判所がはっきりと違法性・貞操権侵害を認めたという点は、今後の実務にも一定の影響を与えると考えられます。


5 最高裁判例には要注意──「客観的には不貞行為」という前提を忘れない

インターネット上には、

  • 「最高裁が貞操権侵害の慰謝料請求を認めた有名判決」

  • 「不倫相手からは慰謝料を取れないとした最高裁判決」

など、断片的な情報が数多く出回っています。

しかし、多くの弁護士は不貞の慰謝料請求にはリスクが伴うと最高裁の判例を引用しつつ説明します。これができない弁護士には依頼しない方がいいでしょう。

(1)相手が既婚だと知りながら交際した場合の原則

まず押さえておきたいのは、

相手に配偶者があることを知りながら情交関係を結べば,原則として「相手方配偶者」に対する不法行為(不倫行為)になり得るのです。過失があればいいのですから、過失で既婚と知らなくても違法です。この境界線は比較的曖昧です。

ということです。

つまり、

  • 「自分は被害者だ」と感じていても、

  • 法律的には、同時に配偶者に対する加害者(不貞行為の共同者)として慰謝料請求を受ける立場になり得る、

という緊張関係が常にあります。

今回の大阪地裁事件は、

  • 原告女性は当初、男性が既婚であることを知らなかったため、

  • 「相手配偶者に対する不法行為(不貞)」という評価は原則として問題になりにくい、

という意味で、比較的「きれいな」貞操権侵害事案です。

逆に言えば、

「既婚者だと分かってからも関係を続けた」
「奥さんがいるのは知っていたが、『離婚するから』と言われて付き合い続けた」

といったケースになると、

  • 相手配偶者からの慰謝料請求のリスク

  • 自分の側の行為も「不法原因」にあたるのではないかという問題(民法708条の世界)

が一気に前面に出てきます。

 この点、既婚者と分かってからも関係を続け、法的関係が複雑になっている例も少なくありません。

(2)昭和44年最高裁判決がやっていること

有名な最判昭和44年9月26日(民集23巻9号1727頁)は、まさにこの「ねじれ」を扱った事案です。

  • 上司Aには妻子がいる

  • 部下Bはそれを知りながら関係を持った
    → 客観的には、Bも相手配偶者に対する不貞行為の加担者になり得る

その一方で、

  • Aは「いずれ離婚する」「君と結婚したい」などと甘言を弄してBを欺き、

  • 実際には離婚する気などまったくなかった

という事情がありました。

そこで最高裁は、

AとBの「不法性(責任の重さ)」を比較し、
Aの不法性がBのそれよりも著しく大きい場合には、
BからAへの慰謝料請求を認めても民法708条(不法原因給付=クリーン・ハンズの原則)の趣旨には反しない

として、Bの貞操権侵害に基づく慰謝料請求を認めました。

この判決は、

  • 「不倫に加担した側は一切救済されない」という絶対ルールでもなく、

  • 「被害者のように見えれば必ず慰謝料請求できる」という話でもなく、

「原則としては客観面で不貞行為にあたる」ことを前提にしつつ、
その上で当事者双方の不法性の比較衡量をしている

ところがポイントです。

(3)だからこそ、弁護士に相談のうえ、「不法性」ないし「信義則に反する程度」の比較衡量を受ける必要があるのです。

以上のように、最高裁判例は、

  • 民法708条(不法原因給付)の考え方

  • 当事者双方の不法性の比較

  • 相手配偶者との関係

など、一般の方にはかなり分かりづらい立体的な問題を扱っています。

ですので、

  • 「大阪地裁で貞操権侵害の慰謝料が認められたらしいから、自分も大丈夫」

  • 「ネットに“この判決で○○万円”と書いてあったから、自分も同じくらい取れるはず」

といった結論だけに飛びつく自己判断は、かえって危険です。

特に、

  • 相手が既婚者だと知っていた時期がある

  • 知った後も関係を続けてしまった

という事情がある方は、

「自分は被害者だから100%守られる」という発想ではなく、
自分も不貞行為の加害者と評価され得る前提を踏まえて
早めに専門家に相談されることを強くおすすめします。


6 被害者でも注意が必要な「SNSでの暴露」

この大阪地裁判決で非常に示唆的なのが、女性側にも34万円の賠償が命じられた点です。

まさに、「私刑」といえますが、名誉毀損行為を動画で行うことの危険性が分かります。

女性は、今回の経過を有名配信者のSNSで公表していました。典型的にはユーチューブでしょう。


男性は、

  • 「不貞関係を暴露されたことで社会的評価が低下した」

  • 「名誉が傷つけられた」

として反訴し、その一部が認められた形です。

ポイントは、

  • 被害者であっても、相手の名前・素性が特定できる形で「晒す」行為は、

  • 場合によっては名誉毀損として違法と判断され得る、ということです。

「許せないからSNSで告発したい」というお気持ちは、社会的相当性を欠き名誉毀損に該当することは明らかです。

「裁判で責任を問いたい」のか
「インターネットでリスクを冒して私的制裁を加えたい」のか

をごちゃ混ぜにしてしまうと、
かえって自分が訴えられる側に回るリスクもある、という点はぜひ押さえておきたいところです。

私の依頼者もSNSなどに不倫相手の悪口を書いてしまい、刑事罰を受けたケースもあります。


7 婚活アプリ利用者ができる「自衛策」

現実問題として、アプリ運営側が「既婚者ゼロ」を保証することはできません。
利用者側でも次のようなポイントを意識しておくと、自衛につながります。

① 独身証明書の仕組みがあるアプリを選ぶ

最近は、

  • マイナンバーカード連携や

  • 役所発行の独身証明書の提出

によって、「独身証明」と表示してくれるアプリも出てきています。
こうした機能を備えたサービスを選ぶのも一つの方法です。

弁護士としては、母親の免許証を借りて未成年者が紛れ込んだり、他人の身分証を利用して登録しているトラブルを見聞きします。

② 違和感があれば記録を残し、距離を置く

  • 肩書や経歴がコロコロ変わる

  • 会う頻度が極端に少ないのに、夜・休日は連絡がつかない

  • 「家には来ないで」「友達には秘密にして」などの発言が多い

このような違和感が積み重なるときは、スクリーンショットなどでやり取りの記録を残すこと、そしてむやみに関係を深めないことが大切です。

③ 既婚の疑いが強い場合は「問い詰める前に相談」を

相手を追及する前に、一度、弁護士や専門家に「今の状況でできること/やめておくべきこと」を確認しておくと、

  • 不用意なSNS投稿で自分が名誉毀損で訴えられるリスク

  • 感情的なやり取りで証拠を失うリスク

を避けやすくなります。

もっとも、パートナーシップは信頼のうえに成り立つのですから、駆け引きが過ぎる人とはお別れするのも大切でしょう。


8 「ケースではどうか」は個別事情によって変わります

ここまで見てきたように、

  • 独身偽装の有無・程度

  • 結婚を匂わせた言動の有無

  • 交際期間・性交渉の頻度

  • 妊娠・出産の有無

  • 相手が既婚と分かった後にどう行動したか

  • 認知を拒否した

など、個々の事情の積み重ねによって、
慰謝料が認められるかどうか、金額がいくらになるかは大きく変わってきます。

「ニュースで見たから、自分も同じ金額を取れるはず」とは限らず、逆に、

「どうせ高校生のような自由恋愛だから何もできない」と諦める必要もありません。

  • 独身だと信じて関係を持っていた

  • 結婚を期待させるような言動があった

  • そのことで大きな精神的打撃を受けている

という方は、一度、証拠(LINE・SNS・メッセージ等)を持って専門家に相談してみてください。

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